いまの日本人は、どうすれば幸せになれるのか。実業家の堀江貴文氏は「組織は信頼できるものではなくなった。今こそ、安心を積み上げるより、やりたいことをたくさんやるべきだ」という――。
14万円ならば、別に飢えることはない。安い部屋を探して、スマホを使いこなし、無料サービスや売買アプリを利用すれば、ひとまず生きていけるはずだ。
ジムに通って健康管理したい、趣味を増やしたい、多少の嗜好品やブランド品も持ちたい、遠くに旅行したい、だからお金がもっと必要なのだ、という反論もあるだろう。「最低限の暮らしではなく、少しの贅沢と文化的生活は誰でも受ける権利がある」という意見もあった。
たしかに、そのとおり。だが基本的人権の問題と、手取り14万の金額が多いか少ないかは、次元がまったく違う。同じ俎上で論じてはいけない。
14万円の稼ぎがあまりにも少ないというなら、人権とか大きな問題を持ち出さず、自分の満足値をきちんと理解したうえで文句を言うべきだ。
ビジネスで大きく成功した者たちは、みんな遊びにハマるエキスパートだ。
あれこれ考えないで、好きな遊びに夢中になっている。そうした者にこそ、ビジネスチャンスや、人やお金が、自然に集まってくるのだ。
テクノロジーの進化で、社会からつらい労働が減っていき、食糧は余りまくっている。また格差拡大の問題に対処すべく、世界中でベーシックインカムなど、「働かなくても生きられる」システムの実装が進んでいる。
僕たち人類は、遊ぶのが仕事! という時代へ、確実に進んでいるのだ。
人生で好きなことだけを追求して、遊ぶだけで生きていける。それが常識へと移行していくいま、嫌いな仕事を我慢して続ける理由は、何だろうか?
周りの意見なんか捨て去り、レールから外れて、遊びにハマっていこう。
昔は終身雇用・年功序列の堅硬な構造が、サラリーマンを選択する最大の利点だった。しかしリーマン・ショック以降、終身雇用も年功序列も崩れ落ちた。
有名な大手企業に勤めているとしても、安定した給料や待遇が得られる保証はない。いつ仕事を失い、路頭に放り出されるかわからないという意味では、正社員も派遣社員もフリーターも同列なのだ。
引用元: ・【正論】ホリエモン「家を買うな、保険に入るな、会社にしがみつくな」
自己犠牲は美しくない、しょせん無駄骨だ
人は、人のために生きているのではない。やりたいことをやり尽くすために生きていることを、忘れてはならない。
人のために尽くすのがやりたいことだと言うなら、それはそれで結構だろう。しかしそれが目的になった途端、自己犠牲などという表現で美化されてしまう。
絶対に美しくなんかない。自己犠牲は、しょせん無駄骨だ。
組織に依存を続けていると、「みんなのため」という自己犠牲が正義を持ち、個人の意思や意見が押し潰され、成長が阻害されることに鈍感になってしまう。
ポジティブな結束感があったとしても、僕はそんな環境を肯定できない。
リスクを取り、結束感の幻想から解放されよう!
組織には、もう依存できる信頼度はない。
何をしたいのか、どこに行きたいのか、何が好きなのか。絶対に人に譲れない、自分だけのルールは何だったのか。己に深く問い続け、つかんだ答えを大胆に実践していくことで、人生は真に豊かになっていくと信じている。
■「家を買えば安心、いい保険に入れば安心」は誤解
組織が信頼できるものでなくなったのは、働き手にとってチャンスだ。身の丈に合った仕事と収入を、自分の思考と意思で探し出せる好機を得られたと考えよう。
そもそも、安心を得るという考え方を捨てるべきだ。
「家を買えば安心」「いい保険に入れば安心」という常識も根強く残っているが、リテラシー不足による誤解に過ぎない。移動の制限にとらわれる持ち家や、他人の掛け金に乗っかるギャンブルの生命保険なんかに、絶対にお金を使ってはダメだ。
安心を積み上げるより、やりたいことをたくさんやろう! その方が、組織や家や保険に縛られているより、頼りになる成果を得られるはずだ。
正論だよな
正論
正論だ